あなたの姿しばしとどめむ

語彙力死んでるおたく

震災後の支えはジャニーズだった話。

東日本大震災から7年が経ちます。

 

被災状況は伏せますが、私は被災者です。あの時生活が一変しました。

ですが、身近な人や知り合いを亡くしたわけでもなければ、一時期避難していたとはいえ現在は元の家に住めているし、むしろちょっと得したこともあるな~って感じなので若干楽観的な被災者です。修学旅行が日帰り関東だったはずなのに避難したことで二泊三日北方面観光地になったのはまじラッキーでした。あと避難先で人生ナンバーワン給食に出会えた。

 

そんな私ですが、当時小学生だったのでさすがにつらかったりしんどかったりっていう気持ちはそれなりに抱えていました。慣れない環境に身を置くことになったりとかしたわけで。幸い転校先でからかわれたりいじめられたりは全くなかったけど、やっぱり何年間も一緒にいて関係性が出来上がったところに入った新参者だから疎外感は感じるわけで。

 

その時に支えられたのがジャニーズなのでそのお話です。

 

最初は嵐。

今はNEWS中心に事務所まるっとゆるっと応援していますが、当時は嵐が好きでした。ファンといえるかは微妙だけど、嵐”が”好きでした。他グループにあまり興味がなかったというか正直グループ全員わかってたのが他にTOKIOぐらいだったので…笑

まず、楽曲でいうと「Still...」をめちゃくちゃ聴いてました。元々好きな曲だったんですけど、櫻井さんが海外に行く友人に向けて書いたとされるラップ詞が、長年一緒だった友達と離ればなれになってしまった私とちょっと重なったというか。

 

経験したこともない大きな地震に襲われ、その後何度も来る大きな余震に怯え、避難場所だった体育館でTVに映し出される津波や火事の映像に言葉を失い、あれよあれよという間に避難…という感じで、その後も何かとバタバタしていた時に聴いたこの歌は、なんだかとても沁みました。

周りの大人たちもわかってなかったのに、子どもだった私に避難生活がいつ終わって幼馴染たちとまた普通に笑えるようになるのがいつなのか、なんてわかるはずもなくて。でもすぐには戻れないだろうなあっていうのはわかってて。人見知りだから新しくできた同級生と仲良くなれる自信もなくて。よくわかんないけどずっと漠然と不安、って感じでした。 

その不安を少しでも忘れたかったのかひたすら嵐を聴いていて。そんなに曲数入ってない中でも明るい曲を中心に再生してたんですけど、全曲シャッフルした時に流れてきた「Still...」聴いてつい泣いちゃったような記憶があります。

先の見えない暗い道路も 

それが例え迂回路でも

いまは少し二人とも

つらい表情 しまっておこう

 

これは別れではない 出逢いたちとのまた新たな始まり

ただ 僕はなおあなたに逢いたい

また…

いつか笑ってまた再会 そう絶対

Still... - 嵐 - 歌詞 : 歌ネット

 私か…??いやいや重なりすぎじゃない??って思いました。違うけど。この歌詞がうまれた背景とも状況違うし。でも「いつか笑ってまた再会 そう絶対」ということばは、それからの私のスローガン的なものになりました。まあ半年くらいでクラスのほとんどの子と会ってクラス会したけど…!こんなに早く再会できるとは思ってなかったよさすがに…!

楽曲以外でいうと、震災後初めての嵐にしやがれがめちゃくちゃ記憶に残っていて。

嵐と怪物くんからのメッセージが流れ、「果てない空」のスタジオライブがあったこと。そしてそれだけではなく、通常通りのコーナーであるアニキの三か条、未知との遭遇しやがれも放送されたこと。( 嵐にしやがれ - Wikipedia ) 絶対忘れないと思う。だいぶ救われました。気持ち的に。そんなにちゃんと覚えているわけでもないんですけど、あの頃ってやっぱり自粛ムードが色濃くて。番組は報道系が多かったし、CMはひたすらACだし。懐かしのぽぽぽぽーん。 そんな中通常通りのコーナーが流れて。テレビ見て普通に笑ったの久しぶりかもな~みたいな。しかもゲストが佐藤隆太くんだったからキャッツが好きな私は必要以上に元気になりました。ありがとう日テレ…

あとひみつの嵐ちゃん!でミッキーたちとスペシャルライブしてくれたのも印象に残ってます。きらきらしている、アイドルとアイドルが一緒に歌って踊ってる夢の世界。あの時はすごく元気が出ました。ありがとうTBS…

TVを通じて、過去に発表されていた楽曲を通じて、嵐からめちゃくちゃ生きる希望をいただきました。私は死にそうになったわけでもないから生きる希望って言ったらちょっと大げさすぎるけど。

 

次にMarching Jです。

ジャニーズ事務所の復興支援プロジェクトとして立ち上げられたMarching J。ここから寄付されたお金は、私の地元の教育機関の再開に役立てられました。前述の嵐は精神的支えだったけどこれは直接的な支え。なんだかんだお金無いと復興も進まないからね…

プロジェクトを立ち上げたタレントの方々ももちろんですが、あの時募金してくださったファンの皆様のおかげです。この場を借りてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。皆様の善意、しっかり届きました。中にはまだまだ現役で使ってるものもあります!

 

最後に、ジャニーズ事務所に所属しているアイドルの方々です。

DASH村があった縁で福島の復興支援にずっと携わっているTOKIO。ZEROのキャスターとして、何度も被災地に足を運んで復興の様子を伝える櫻井さん。every.のキャスターとして、同じく何度も被災地に足を運んで被災地の”現在”を伝える小山さん。私が知らないだけで被災地に足を運んでいる方もいらっしゃると思います。そのほかにだって、被災地を、被災者を労うようなコメントをしていた、しているタレントの方々も大勢います。

それが本当にありがたくて。たとえば、極端な話「心配してるよ、大丈夫?」とか「一緒に頑張ろうね」のひとことでもそれは励みになりました。好きなアイドルが、気にかけてくれている、応援してくれてる、それだけで支えになります。少なくとも私には。

 

中には「こんな短い文章www偽善者www」とかいう人もいるんですけど(前にわざわざ私の「コメント嬉しい」ツイートをRTしてまでコメントを出した推しを叩かれた)(知らんがな案件すぎたしアンチはこっちに直接接触しないでほしい)(私怨)、そんなこと言ったって偽善かどうかなんて本人しかわからないし、たとえ偽善だとしてもそれが誰かの支えになっているのならそれでいいと思うんです。しない善よりする偽善だなあ、というのも震災を通して感じたことのひとつです。

 

私は現在進行形でジャニーズが支えになっています。

当時の同級生のほとんどとは会えたり、会えてないにしてもどこにいるかわかっていたりしますが、中にはマジでどこにいるかわからない子もいます。いる地方すらいまいちわからない。別に仲良かったわけじゃないけど、それでもやっぱりちょっと寂しい気持ちはあります。地元だってまだまだ復興途中だし。震災関係ない普通の日常にだってしんどいことはいっぱいあるし。

そんな時は、あの時「Still...」を聴いていたみたいに、嵐にしやがれで元気をもらったように、その時の気分に合わせたジャニーズの楽曲や番組を見て、そして元気をもらいます。今までも、たぶんこれからも。